2012年11月30日

貧乏にも飽きたよ

午後郵便局に発送に行き口座の残高を確認したら2300円しかなく2,000円おろしたんだけど
郵便局の若い女の子の顔をうらめしそうに見ながら
「えっ、ほんまにこれしかお金ないの?」と泣きました。

先日亡くなった大滝秀治が岸部一徳相手に
「つまらん!お前の言うことはつまらん!」と怒っていましたが
貧乏暮らしも毎日毎日ここまで続くと飽きます。http://www.youtube.com/watch?v=g0w_-e-caBw

若い女の子の局員の手を握りながら
「こんなんで年が越せるんか? ううう」と言おうかと思ったんですが
まだプライドが残っていたので思いとどまりました。

庄野潤三の小説で「オイラはビンボー暮らし」とヤオー!と言って泣くコヨーテのTVドラマが出て来て
なつかしく思ったことがありましたが
明日から十二月だというのにこんな貧乏生活ばっかり続くと
ほんと飽き飽きしてきますよね。

貧乏にサヨナラをいう手立てはさっぱり見つからず
あの手この手の思案を胸に、今年も暮れていこうとしています。
なんだか生きていくのがつらくなってきました。ふところ寒いです。
12月はアンコウ鍋も食いたいなあ。images.jpg


クエ鍋なんかも食いてえなあ。
明るいお正月を迎えようではありませんか。

kuenabe-l.jpg



八千円なんてバカ値でギターを売り払っちゃったけど
記憶の中ではまだ弾き語りはできまっせ。
オレ、ユーミンとは同い年で誕生日も一日違い。
音程もまったく同じなんですよ。


プリシアターの小林さんって
演劇畑の出身だけあってほんとにカッコいい棚を作るなあ。
あこがれます。

9d7807d1-s.jpg




下ネタの続き。

いただき物で女性の寝間着の写真集というのをもらいまして
これが面白い。
「シミーズ」なんて今でもあるんですね。
むかし清水という名前のおばさんがシミーズ姿で寝ているのを見てコーフンを覚えたことがありました。
なんか村上春樹が言いそうなことだな。いやいや谷岡ヤスジか?
「シミーズ」って好きです。

6764212.jpg


「長襦袢」でもやぶさかではありませぬ。

7510_86929b.jpg




posted by T野 at 20:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

友を選ばば書を読みて

本日も注文をいただきましてこのひと月くらい連続受注記録を更新中です。
結構やるもんです。

今日は某大学から深沢七郎の本の注文が来て
いろいろ書類の発行がめんどうなんですが
3千円近くの売り上げなんで
「まあ今回は赦しといてやるか」と泉谷しげるみたいなことを言って発送の準備。
(ないしょですよ)

これで税金と健康保険料さえなければ
なんとか暮らしていけるんだけど。
もうちょっとだ。

とある古本屋さんで読み終わった本を
「一読しただけで大変きれいです」とこまめにアップされている方がいて
あれは見習いたいと思います。

なぜ貧乏が治らないかといえば
従兄やうらら先生の忠告にもかかわらず
仕入れの方が相変わらず多いんです。
「あっ、この本面白そう」ってついアマゾンや「ブ」で買っちゃいますね。
まあお互い様でなんとか食ってるようなものではありますが。
ほんとに仕入れは控えなくちゃ。

日本政策金融公庫の担当に言われましたがほんとに金を貯められない性分なんだろうな。

前勤めていた会社の社長が言ってましたが
奥さんに
「無駄遣いはよしなさい」と言われるたびに
「わかってるけど、その分儲けりゃいいだろう」と言い続けて
とうとう破産しちゃいましたが
よくわかるなその気持ち。

最近年賀状を出さなくなりましたが
どうせ出すのなら良寛さんみたいに「天上大風」じゃなくって
「万事お金ノ世の中」って大書したいです。

0709ryokan.jpg


一生
「稼ぎに追いつく貧乏なし」って言い続けながら寂しく死んでいくんだろうなあ。
最近妙に達観して気が楽になりました。(こらっ!)



先日アラン・シリトーの注文をくださったお客さんから
当ブログを読んだと電話をいただき
とりあえず在庫のあるものでいいから送ってくださいとありがたいお話。
ちょっと話をして「『漁船の絵』なんていい短篇ですよね。」と盛り上がりました。

昨日も本好きなおじさんと話をしていてちょいちょいと話に反応できるのにちょっとびっくりしました。
オレって意外に本を読んでるんですね。

古本屋稼業もときどき面白いことがあります。

posted by T野 at 11:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

命短し

実は最近このブログ、自分の遺書代わりに書いてるようなところがありまして想い出話が多くなりました。

五月に亡くなった敦子おばさんの四十九日で
おばちゃんの旦那さんで早死にした恒巳おじさんの大野見の親戚と
想い出話をしました。

恒巳おじさんと敦子おばさんが新婚だった当時
当方が中学受験のころ恒巳おじさんに勉強をみてもらったことがありまして
「あたかも」という言葉を知らなくて
「あたかも」も知らないのか?とバカにされたことがありました。
「あたかも」なんて小学生なら普通知らなくて当たり前なんではないでしょうか?
「かわったおじさんだなあ」とオレは思ったね。

でもそのずっとあと向田邦子のエッセイで甥っ子だったか
「なかんづく」なんて旧い言葉を好んで使いたがるというのを読んで
「なるへそ」と得心したことがありました。
子供ってあたかも旧い言葉を使いたがるよね。

まあ想い出は想い出ですが
やっぱりおじさんもおばさんも妙に変わった人物だったという印象は否めないです。
ふたりとも小学校の教員でした。
彼らを追憶するたびにやっぱり「すれ違い」という言葉がつい浮かんできちゃうな。

妹なんかには怒られそうですが、
「すれ違いのまま去っていったおじさん、おばさん」でした。
喧嘩ばっかりしてたおばさんでしたがおばさんはおばさん。

今は高知の禅寺のお墓で仲良く眠っています。やっぱりおばさんは偉かったのかも。



posted by T野 at 03:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。