2013年12月09日

眼鏡騒動

割れた眼鏡を止めていたメンディングテープがすぐ取れてしまい往生して夜遅く寝たが寝てるうちに「そうだ、綿棒の細い部分を小さく切って支えにしたらどうだろう?」
とふと思いつき、がばっと起き出して試してみる。
しかしながら不器用なわたくしの悲しさで全然うまくいかず
ますますフラストレーションがたまる。

そしていつもの癖で夜中にゴソゴソと水回りの掃除を開始。
結局寝たのは朝の9時。
こういうのは日頃からこまめにやっておこうと思いはするんだけど。

2時過ぎまで寝て歩いてトレッサの眼鏡屋へ行く。
「見てくれはどうでもいいから今すぐなんとかしてくれ」と頼むと
店の女性が「レンズの大きさに合うフレームがあれば交換すれば何とかなるとなると思います」
といって時間をかけてさがしてくれる。
しかし値段を訊いたら13000円以上するというので断念。
「また改めます」と言ったんだけど、嫌な顔もせず「お役に立てずにすみません」と言って
レンズの汚れを丹念に磨いてくれ、ゆるくなったツルのネジを締め直し、
さらには眼鏡の割れた部分をぴったり合わせた上で器用にセロテープで固定してくれた。
「ひゃあ助かったあ」と礼を言って店を出る。さすがプロ。

sanwaに寄り、水と野菜ジュースと泥つきネギを買って帰宅。(あっ、漬け物忘れた)
飯を炊こうと思ったらぎりぎり3合しか残っていませんでした。
いつも2キロ入りを買ってくるんだけどすぐなくなっちゃうな。
今度は重いけど年越し用に10キロ入りを買ってこなくっちゃ。
とりあえず飯さえあればキホンは食っていけるから。
以前一番下の姪っ子が「おじさん、うちなんか三人家族で食費一日五百円だよ」と言ってましたが
まあ一人のおれにやれないことはないよな。

そういえばこの姪っ子が先だって洗濯機を全自動の大型に買い替えるというので
妹の旦那がヤマダ電気までついて行ってくれ、姪っ子が買おうと思っていた機種の最安値をネットで調べ
店員に掛け合って予算より二万円も安くなったそうです。
姪っ子が喜んで「たまにはお父さんに回転鮨をごちそうしてあげるよ」と言ったので
「おお、めずらしいこともあるもんだ」と思ったら勘定時になって持ち合わせがなく
結局旦那が払わせられたそうです。お父さんもビンボーな姪っ子もつらいなあ。
(前略。ビンボーなおじさんもつらい毎日を送っています。)

おれは昔から「節約」というのが苦手で
以前は「ふん、それくらい仕事か競馬で稼ぎゃいいだろうが」なーんて言ってたんですが
このごろではとんと稼ぐことができなくなった。
結局生活費で何がまず切り詰められるかと言えば「食費」なんですね。
これからはいよいよ宮澤賢治の「雨ニモ負ケズ」みたいに
「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」という生活かあ。

ものは考えようなので
「まてよ今日は眼鏡フレーム代が13000円浮いたわけだから
これを年末の有馬記念にぶち込んで、当たればそれでよし
外れたらひっそりと極貧の年末年始を送るというのはどうだろうか」と
つい考えてしまいます。
だってネットの古本屋で月にあと10万円余分に売るなんていったら
同業者に貴重な在庫を棚1本分、同情値で引き取ってもらってもいくかどうか?ってとこだもんなあ。
やっぱり「有馬記念」に13000円だな。(こらっ)

年末恒例の
「明るいお正月を迎えようではありませんか」というのは止めました。
「明るいお正月」はもういいです。
健康でさえあればいいんだいいんだ。さあ殺せ!


夜になって絵本の注文が立て続けに来る。
絵本って仕入れも管理も大変だけどやっぱりうれしい。
「へええ、こんな絵本を買う人がいるんだ」みたいな驚き。




posted by T野 at 20:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉井先輩のこと

さっき下の郵便受けに郵便物をのぞきに行ったら
Y井先輩からの本が届いていました。
なんとY井先輩個人の著書でした。
これは宣伝せねばなるまい。
先輩の名は「吉井友二」といいます。
ずっと長い間勤めていた高校をこの春定年退職したことだし、もう名前を出してもかまわんじゃろう。

当方の中学・高校時代の一年先輩でずっとバスケ部のキャプテン。
中学校時代から頭があがりませんでした。ちょっとこわくって
練習中も試合中も「こらあT野お!サボるなあ!」と怒られっ放しでした。
「そんなに怒らんでもえいぢゃいか。実際おれが一番得点入れてるんだし」とはちょっと思ったんだけど
そんな自分の考え方がなんとなく間違っているということはおれにも理解できた。
「怒りはするけれど、頭ごなしに命令で相手を無理矢理押さえつけるようなことは絶対にしない」
あのころから先生タイプだったなあ。

中学、高校時代あたりからおれもいろいろ本を読むようになりまして
バスケ以外にも教養派の吉井さんと本の話もするようになりました。
かつてはわれわれも「インテリのバスケ少年」だったと呼んでもらいたい。

吉井さんは高校を卒業して早稲田に進学しまして
おれも受験で上京したおりは
早稲田にあった吉井さんの三畳一間の下宿に泊めてもらったころの思い出はなんか強烈だったな。
漱石の家の近くじゃなかったっけ。

大学に行ってからもよく会って話をしてもらいました。
ある日引っ越したからというのでずいぶん広くなったアパートを訪ねたら、高校の下級生だったというYさんと同棲していたのにはびっくりしたけど
それからもよくごちそうになりに行きました。

吉井さんって昔から理論派で堅実派だったから
ハチャメチャタイプだったおれはヤケクソで
「吉井さんみたいな、まっとうな人生はつまらん。ふん」なんて酔ってからんだりしたんですが
「やれやれT野のこういう滅茶苦茶なところもちょっと面白い」と軽くいなしてくれたもんだ。

吉井さんの近刊はこちらです。まだ発売にはなってないのか?
『これからの 脱原発・教科書・平和教育』(七つ森書館/刊)

吉井さんらしい、とてもお固い本ですが
とりあえず読んでみなくちゃな。

七つ森書館ではチラシやPOPの準備もあるそうなので
特に書店の皆様で興味を持たれた方はぜひ版元に予約注文、資料請求をお願いします。http://www.pen.co.jp/

「獅子ヶ谷書林のブログで知った」と一言添えれば、七つ森書館も悪いようにはしないと思います。
(というのはもちろん嘘で、そんなことを言っちゃあいけません)

でもちょっと一読したんだけど吉井さんってやっぱりこうやって
授業を丁寧に組み立てて記録を残し続けていったんだなあ、さすがだなあと感心しました。

でもね、吉井さんって記録を残すだけの堅物ってわけではなく
周囲の人間の記憶に残る魅力的な人物だったんですよ。
ついこの前家にやってきたに来た妹も、夜中に話をしているうちに
高校時代家に遊びに来た吉井さんが我々の前で詩を朗読してくれたことを今でもよく覚えていて
「吉井さんってほんと格好よかったなあ」と思い出していました。

そういうハンサムでロマンチストであった吉井さんの側面はこの本からはなかなかうかがえないのが残念な気もするけど
実際に接した生徒たちにはその魅力は充分に伝わったんじゃないかな?

これからは本を通してだけじゃなく
特に若い人たちに吉井さんと会って話をしてもらいたい。
会って話をすればその魅力が身近に感じられると思います。
かつての少年時代のおれがそうだったように。

posted by T野 at 00:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。