2010年09月10日

向田邦子と野呂邦暢との秘話

昨日の釣果に味をしめ、本日も別のブックオフへ。

意外に充実したせどりができました。

いきなり文庫の105円コーナーに武田百合子の『富士日記』3冊揃いの美本があって
ラッキーと思ったのをはじめ今東光の『お吟さま』なんてのもありました。

さらに古い「三月書房」の函入りのかわいい本が200円で6冊揃っていたのもうれしかった。
今日もいい本が拾えて、これならブックオフのせどりもまんざらではないなと
めずらしく思ったことでした。

今日読んで面白かったのは
小林竜雄『向田邦子最後の炎』(中公文庫)でした。

もともと向田邦子のファンだったし彼女について書かれた本は
大概読んでいて、「ああこの本も読んだな」と思ってパラパラ立ち読みをしていたら
思いのほか野呂邦暢について詳しく書かれていたので
買って読んでみたら
「お前ほんとに読んだのかよ!」とつっこみを入れたくなるくらい
野呂邦暢との縁について詳細に書かれていたのですね。

向田邦子が野呂を知ることになったきっかけというのは

「何か心に残る本ってないかしらね?」と
山口瞳とも親しい文春の編集者・豊田健次に尋ねたところ
豊田が当時担当していた同世代の野呂の新刊『諫早菖蒲日記』をすすめ
これを読んだ向田がすっかり惚れ込んでしまったのがはじまりだったのですね。
(この話は向田と豊田の本で知っていた)

向田はこの後『諫早菖蒲日記』をTV化したいと奔走するも
「地味すぎてTV向きでない」という理由で果たせず
かろうじて野呂の歴史小説第2弾の『落城記』であれば
当時直木賞を受賞して人気絶頂にあった向田が
番組のプロデューサーとして名を連ねることを条件にゴーサインが出たらしい。

そして野呂が上京した際
ふたりは豊田の紹介でただ一度の出会いを果たし
最後は新宿のバーまで流れ
普段は酒をほとんど口にしない野呂もめずらしくよく飲み
別れ際には向田に
「今度のドラマ化、楽しみにしています」と激励したらしい。

ところがなんとこの10日後に野呂が心筋梗塞で急死してしまうのですね。

名古屋駅のホームで求めた夕刊でそのことを知った向田はそのときの気持ちを
「いきなり殴られた気がした」と書き、続けて
「心浮きたつことのあとには、思いがけない淵がくる。
そう教えられたと思うべきなのだろうか。」
と語っています。

その後向田は『落城記』のTV化の企画の実現を
「野呂への弔い合戦」だと親しい人たちに宣言し
一周忌までの完成を目指して奔走したようです。

いつもの「脚本家」としてではなく「プロデューサー」としての苦労話の中で
とりわけ印象に残ったのは
「落城記」の主人公「於梨緒」に想いをよせ
最期をともにする「左内」役に萩原健一を抜擢したくて
向田は萩原を口説くのだがどうしてもうんと言ってくれない。

再度説得に臨んだ席でショーケンに
「俺、先生がこの企画にこんなに入れ込むのかわからないんですよ。」ときかれ
「野呂さんには私よりずっと才能があるのに知られてないの。だから応援したいの」
と答えてもショーケンは納得せず黙ったままだった。 ところが

その後突然向田は想いをこらえ切れなくなったように
「好きなの・・」といったっきり突然顔を崩して泣き崩れたそうです。

いきなり、「好きなの・・」ですよ、

さすがのショーケンも向田のこんな姿を目にしては引き受けざるをえなかったとのこと。

すごいエピソードですねえ。

そしてまた野呂の急死した
翌年8月に今度は向田邦子も台湾の飛行機事故で命を失う事になろうとは。

TVドラマになった「わが愛の城」は観たことがありませんが
小林のこの本を読み返してみて
なんかクラクラするドラマをみたような気分になりました。

ふたりを並べると野呂の方がマイナーすぎたせいか
これまでいっしょに語られることはほとんどなかったと思いますが
人生の最期のふたりの間にこんな濃密な接点があったんだね。

「ふたりともすごすぎる」と思いました。



posted by T野 at 21:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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